発酵を巡る旅 in 横手〜先人たちの技術と想いが詰まった内蔵文化〜


ホップ畑を後にし向かったのは、横手市の南東部に位置する増田地区。雄物川支流の成瀬川と皆瀬川の合流点に位置し、小安街道と手倉街道が交差する増田地区は、昔から交通の要衝として、物資の交易地として、繁栄を極めた土地でした。古くは北前船で運ばれた北陸の物資が、雄物川を使ってここ増田まで運ばれ、内陸の様々な物資と交易されていたそうです。また養蚕や葉タバコの産地として知られ、それらの販売を仲介する商人たちで町はとても賑わいをみせていました。そんな商人の町として栄えた増田には、今もなお伝統的な町家が数多く存在しています。間口が狭く奥に長い構造になっており、その長さは100m以上にも及びます。

 

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とにかく奥に長いんです。そして何と言っても1番の特徴は、家の中に”内蔵”があるということ。冬の豪雪による湿気から蔵を守るために、家の中にすっぽり入る形で蔵が作られました。

 

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まず目に止まるのは、鏡のように磨き上げれた美しい黒漆喰。思わず息を飲んでしまうほどの素晴らしい仕上がりですが、もはや現代の技術では復元できないものなのだそうです。数年前にこの辺りの最後の左官さんが亡くなり、内蔵に関する技術が完全に途絶えてしまいました。

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こちらは日の丸醸造さんの内蔵。同じ内蔵でもそれぞれ仕様が若干異なっています。蔵の扉の段数が多いほどより技術とお金を要したので、当時は扉を厚くすることで自らの富を表していました。そうすることで蔵の密閉度もより高まったそうです。また蔵の前には味噌桶が置いてあったのですが、昔は火事になると味噌を扉の隙間に塗って中への延焼を防いだのだとか。先人の知恵、恐るべし。そして蔵への愛が凄まじい。

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こちらが蔵の内装。一般的に蔵と聞くと物置や倉庫をイメージすると思いますが、増田では蔵はあくまでプライベートな空間として使われていました。中には実際に内蔵を寝室として使っていたお家もあるそうです。それだけ内蔵は人々の生活の中心にあったのでしょう。ちなみに日の丸醸造さんの内蔵の内装は、100年前から畳と床以外は一切補修していないとのこと。あまりの内装の美しさに、その話を聞いて驚きを隠せませんでした。昔の技術がどれだけすごかったか、そして増田の人々がどれだけ蔵を大切に守り抜いてきたかということがひしひしと伝わってきました。

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今回増田の蔵を見学して思ったことは、内蔵はいわゆる消費的な観光をするところではないということ。それはあくまで生活の一部であり、先祖の記憶を脈々と伝えてきた家の宝であるということ。最近「インスタ映え」という言葉が流行っていますが、蔵の写真を撮ってSNSにアップして終わるだけではもったいない。そこには内蔵ができるにいたった増田の風土や歴史があり、職人たちの並々ならぬ技術があり、先祖からの記憶を紡いできた増田の人たちの想いがあります。内蔵は、そんな創造力を掻き立ててくれる素敵な空間でした。

そして増田の人々もまた素敵だなと感じました。ともすればこんなに立派な内蔵があれば、大々的にPRし、観光バスを呼び込み、店の前にお土産グッズを大量に並べ、一儲けすることができると思います。でもそんな雰囲気はほとんど感じられません。(もしかしたらあるのかもしれませんが・・・)あくまで昔からの自分たちの暮らしを大切にし、先祖から伝わる蔵を粛々と守っていく。その流れの中で一部内蔵を開放していますよ、そんな感じ。なんだかその感じがとても心地よかったです。それは遠野にも通じる部分があります。悪く言えば商売下手だが、自分たちの暮らしをとても大切にしている。それはきっと肥沃な土壌があり、周りを山々に囲まれた盆地であるという地理的条件から育まれた、穏やかで豊かな精神性から生まれてきているのではないかと感じます。消費的・刹那的な暮らしではなく、まさに酵母がぶくぶくと発酵していくように、ゆっくりと時間をかけながら自分たちの暮らしを丁寧に作っていきたいなと感じさせてくれた増田滞在でした。

 

つづく…

 

前回の記事はこちらから

発酵を巡る旅 in 横手〜20種類状のホップを育てる若きホップファーマー〜

 

(photo by Satoshi Mimura)


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